コラム (2021.9)

ウィズコロナ時代の定年制とは(1)

「45歳定年制」の衝撃

9月9日、サントリーホールディングスの新浪剛史社長が経済同友会の夏季セミナーにオンラインで出席し、ウィズコロナの時代に必要な経済社会変革として「45歳定年制を敷いて会社に頼らない姿勢が必要だ」と述べたことが話題になっています。

政府は、社会保障の支え手拡大の観点から、企業に定年の引き上げなどを求めており、70歳までの就業確保の努力を義務付ける改正高年齢者雇用安定法が今年4月1日より施行されました。この流れを受けて、アサヒグループホールディングスでは、3月29日、傘下のアサヒビールなど3社が、希望者の雇用を定年後最長70歳まで延長すると発表しています。ところが、新浪氏は社会経済を活性化し新たな成長につなげるには、従来型の雇用モデルから脱却した活発な人材流動が必要との考えを示したうえで、政府定年引上げとは相反する45歳定年制導入をアピールしたわけです。

新浪氏の発言が報じられると、SNSなどでは「45歳での転職は普通の人では無理」「単にリストラではないか」といった批判が相次ぎました。翌10日の記者会見で発言の真意を問われた新浪氏は「45歳は節目であり、自分の人生を考え直すことは重要だ。スタートアップ企業に行くなど社会がいろいろなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首を切る』ことでは全くない」と弁明し、発言自体はソフトダウンしました。

今回は、新浪氏の「45歳定年制」発言をきっかけにウィズコロナ時代の定年制度を考えてみたいと思います。

 

日本の定年制度

「定年制」とは、一定の年齢に達した労働者について、雇用契約を終了するという雇用契約上の制度のことをいいます。

国民の寿命が長寿化することで、「働くことが可能な年齢」も上昇しました。これまでは60歳になると、気力・体力の衰えから十分に働くことが困難になってくるため、職を離れ、引退生活に入ったわけです。ところが、現在の60歳は、元気に働ける人の方が多い状況にあります。また、高齢化と合わせて少子化も進行していることからも労働人口の確保のためにも定年の繰り上げが望まれます。そこで、労働の現場においては、「定年」が、徐々に高齢化する傾向にあり、これと共に、「定年後の継続雇用制度」も義務化され、会社は高齢者をできる限り活用し、労働力人口の減少を補おうとしています。

元々日本の雇用慣行では、「長期雇用」を前提としていたことから、「年功序列」によって、年齢が上がり、勤続年数が長くなるほど、給与は高くなっていました。高齢になれば、給与は高額化するわけですが、実際は、高齢化するにつれて、モチベーションは低下し、元気はなくなり、体調は思わしくなくなって働く意欲・能力は低下していきます。つまり、労働とその対価にアンバランスな状態が生じることになるわけです。

そこで、生涯給与が上がり続けることなく、一定の年齢で、雇用を終了するようにしたのが「定年制」です。

 

日本では、ほとんどの会社で定年制を採用しており、そのうちの多くが、「60歳定年制」を実施していました。従来の年金支給は60歳からでしたから、定年退職後の生活基盤を年金に委ねることが可能でした。ところが、年金支給年齢が徐々に繰り上げられていったことから定年退職と年金による生活へのスムーズな移行ができなくなります。そのため、「60歳定年制」を採用している会社も、さまざまな形で再雇用制を採用しています。

したがって、「60歳定年制」、かつ、60歳以降の再雇用制というのが、一般的な会社の定年制度といえます。

「高年齢者雇用安定法」は、定年年齢に達した労働者を含め、高年齢者の雇用機会の確保と、雇用の安定を目的とした法律です。この法律では、「定年制」について、会社が守るべき最低限の義務が定められています。

高年齢者雇用安定法における「定年制)」ルール

・従業員の定年を定める場合は、その定年年齢は60歳以上とする必要があります。(高年齢者雇用安定法第8条)

・定年年齢を65歳未満に定めている事業主は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、「65歳までの定年の引上げ」「65歳までの継続雇用制度の導入」「定年の廃止」のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を実施する必要があります。(高年齢者雇用安定法第9条)

 

改正高年齢者雇用安定法が施行(令和3年4月1日)され、これにより、継続雇用の確保が必須の義務となりました。改正雇用安定法以前には、努力義務であったものが、法改正によって、より高年齢者の雇用安定が強化されました。改正高年齢者雇用安定法により、65歳までの継続雇用は、「努力義務」ではなく「義務」となりました。

したがって、労働者としては、65歳までの間は、労働者が希望すればこれまで勤務した会社で雇用され続けることが、期待できることとなりました。

ただし、経過措置として、施行以前に労使協定を締結して、継続雇用の対象者を限定している場合には、施行後も、最大で令和7年3月31日までは、年金支給年齢の引上げにあわせて段階的に、雇用継続の義務化をすればよいことになります。

平均寿命は年々上がっており、就業が可能な年齢も、高年齢化していくことが見込まれ、今後も、定年年齢は引き上げられていくことが考えられます。

今後、公務員の定年年齢は段階的に65歳まで引き上げられていくことが予定されています。現在は、「60歳定年」であり、その後の継続雇用の措置が採られていれば適法ですが、これからは定年年齢の下限自体が引き上げられていくことになります。

( ウィズコロナ時代の定年制とは(2)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(6)

前回からの続き

労働者が望む働き方とは?

コロナ禍を経験して、多くの人が従来の働き方に何らかの不満を持っていることが顕在化しました。

労働者は、その背景や考え方が当然異なるわけですから、それぞれが自分に適していると考える働き方、希望する働き方も違ってきます。そのすべてに対応するのは困難なことですが、労働者が自分の希望に沿った働き方のグランドデザインを描くことのできる柔軟な制度案や労働環境があれば、それを基に、労働者自身が主体的に描いた理想の働き方を実現していける方向性が見えてきます。

そのためには企業側が、育児や介護、病気療養など、自身や家庭の事情があっても働き続けられ環境を整備すること、プライベートを充実させたい労働者に対してはそのニーズにも応えられる体制を採ること、プライベートと仕事の両立を可能にする働き方の選択肢を準備しておくことが必要です。出産や育児、介護といった人生の転機を迎えた際にも、職場に育児・介護支援策が存在し、時短勤務やテレワーク、フレックスタイム制度といった柔軟な働き方の制度があれば、労働者は安心して働き続けることができます。安定した収入面はもちろん、個人の事情によって、社会との関係性を途絶させることなく維持し続けることや、自分のキャリアを諦めずに継続、発展させることができれば、労働者自身のモチベーション維持や勤務する企業へのロイヤリティの醸成につながります。このことは有能な労働者の安定雇用、長期雇用に結びつくことになりますから、企業側にとっても大きなメリットになります。

副業・兼業が許容されることは、労働者にとっても魅力的です。これまでの雇用者と労働者との関係性は封建的な発想に引き摺られていた一面があると考えられます。そこには主人と家来の従属性を反映した過度な忠誠心が求められていました。これは我が国の雇用についての歴史的な精神性の在り方にもよるものですが、近代化以降の法思想ではそうした旧来の考え方は排除され、対等な関係を前提とした契約が現代社会のスタンダードな基準になっています。労働者に対する拘束もその時代の社会観念に適合する範囲で、かつ当事者の合意があって初めて効力が発生することになります。

新たなチャレンジやプライベートの充実など、ひとつの仕事に縛られず、人生設計を自由に組み込めるような就労条件も、多様な価値観の広がりや長寿命化が進んだ現代のニーズに合っています。こうしたことも、労働者に歓迎されやすい職場環境が生み出され、これも雇用にとってプラスに作用することになります。

コロナ禍で普及することになったテレワークは、環境の整備やコミュニケーションの問題解消に工夫することで、通勤に伴うハンディに悩まされることもなく、能動的に働けるスタイルです。現代人が悩まされるストレスの軽減や業務における効率・生産性向上が見込めることは企業にとって好結果を生みだすことにもなるし、労働者側からの導入希望も増えています。

 

働き方の改善策として

働き方の改革といっても、何から始めれば良いかわからないという場合、まず実際に働いている労働者がどんな点に不満を抱いているか、その内容に着目して分析しなければなりません。

長時間労働が常態化し、残業することが評価につながるなど、旧態依然とした体質が残ってはいないか、休職することで後に復帰しても築いたキャリアが絶たれてしまう労働環境が放置されてはいないでしょうか。

こうした問題点があれば、まずはその改善を図ることが必要です。適切な勤務管理を行い、公平で透明性の高い評価体系を創出し運用することが求められます。必要なのは労働時間の長さではなく、時間を有効に活用し、成果を最大化する生産性です。

短時間勤務やテレワーク、フレックスタイム制度などで時間や場所の制約を最小限とすれば、労働者の定着率は確実に上がります。外回りの営業や在宅ではカバーできない労働者についても、毎回オフィスでの報告を義務付けられたり、資料を準備したりすることが強いられるのは、過大な負担となります。取引先との往来に多大な手間がかかることは、非効率的で本人にも会社にもマイナスです。こうしたことを回避して、効率化を図るためにはモバイルワークやサテライトオフィスの導入、電子署名など、ICTの積極活用が効果的です。

テレワークは柔軟な働き方の実現にとって大きな役割を果たします。しかし、これを導入する場合、職場内コミュニケーションの不足や勤怠管理、セキュリティリスクなどの問題発生が考えられます。また、多様な働き方をする個々のスタッフを上手くマネジメントし、全体の業務をバランス良く進めていくより高度なレベルの能力やスキルが、管理職や経営陣に求められることになります。

コロナ禍を受けて副業・兼業の規制が緩やかになりつつあります。コロナ禍の経済的ダメージから労働者に対して、定期昇給どころか現状維持も困難で報酬の大幅なダウンを提示せざるを得ない企業が増えました。そのため、労働者への拘束を緩めて一定の条件で自社での勤務時間以外に副業・兼業を許容するところも出てきました。この場合、労働者の社会保険などの対応は主たる勤務先で行います。労働者は、減収をカバーしたり、それどころか増収を図ったりする可能性が生まれるし、企業からすると、人件費を抑制しながらも効率的に業務を行うことが可能になります。

 

必要な施策とは何かを真摯に探り対応する企業のみが、令和にあっても効率的な経営を実現し大きな飛躍が見込めるはずです。民法改正によって、契約類型も多様化しました。企業も労働者のニーズに沿った豊かな働き方のメニューを提示する時代が到来しています。

 

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(5)

前回からの続き

多様化の背景

そこで、現在、働き方が多様化し、従来の働き方が変容を遂げることになった原因はどこにあるのかを考えてみます。

一つには、先進国に共通する少子高齢化とこれに伴う労働力人口の減少を挙げることができます。高度経済成長期においては、人口構成を見ても労働力人口の比率が高く、大量生産を行う体制を維持するうえでも、均一な労働条件で長く働くことが求められました。そしてそのことが時代の趨勢にも合致していたわけです。

ところが、今では、高齢者の比率が急速に高まる一方で、出生率の低下から若年者人口が減少することで労働力人口も下降しています。このような状況下で、経済競争力を維持・向上させ、社会全体の質を維持していくことは甚だ困難です。少ない人口であっても効率的な成果を上げるには、個人レベルの生産性を向上させたり、就業意欲がある層の労働力を有効活用するための方策として女性が働ける環境整備を行ったり、高齢者の再雇用によって現役世代を伸張したりするために現状の社会制度を再構築することが必要になります。

こうした時代のニーズに沿って多様な人材、労働力を確保するために、働き方の多様化が必然的に進んでいくことになりました。

従来の典型的な働き方が内包してきた問題である長時間労働や有給休暇の取得率の低さが、いよいよ看過できなくなってきたことも原因として挙げることができます。

これまでは、企業内での部署異動や転勤にも黙々と従い、長時間労働にも不満を漏らさない正規労働者だけが必要とされ、評価されてきました。しかし、現在の労働者は労働者の権利を堂々と主張します。企業の押し付けに唯々諾々と従う働き手は当然のことながら減少します。加えて、労働者におけるメンタルヘルスの問題もますます深刻化しています。

女性であれば、高い能力や豊富な経験を持っていても、結婚や出産といった重大な人生のイベントのために、そのキャリアに空白期間を作ってしまったり、一時的でも職場を離脱したことがマイナス評価につながり十分な活躍の場を与えられなくなったりすることがあります。それどころか、そのままキャリアからのドロップアウトを強いられることさえありえます。有為な才能や知識・経験を職の現場から遠ざけてしまうことは企業にとっても、労働者にとっても大きな損失です。

少子高齢化が進むことで、介護をしながら働く労働者も男女を問わず増えることになります。これを踏まえて、それぞれがさまざまな事情を抱える労働者が働きやすい環境を整え、従来の企業社会にあった問題点を積極的に改善していく必要があります。この問題に積極的に対処していく姿勢を打ち出さなければ、直ちに企業活動の停滞を招いてしまうのであって、私たちはそうした現実に目を背けることが不可避な状況にあるわけです。

 

ダイバーシティの発想の定着も働き方が多様化した一因として挙げられます。

「ダイバーシティ」(diversity)とは、雇用の機会均等、多様な働き方を指す言葉ですが、当初は、アメリカにおいてマイノリティーや女性の積極的な採用、差別のない処遇を実現するためのアイコンとして生まれました。そして、その概念が広がりを見せた結果、「多様な働き方」を受容する考え方として使われるようになりました。日本においては、アメリカと比べて人種問題、宗教問題は希薄なため、年齢、性別、学歴、ライフスタイル、肉体・精神のハンディキャップ等といった面に注目した多様性として捉えられているようです。

従来の人権としての視点からだけでなく、少子高齢化による労働力人口の減少等に対応した人材確保の視点から「ダイバーシティ」に取り組む企業が増加しつつあります。

社会とは、年齢、性別、人種、学歴、職歴、国籍、ハンディキャップ、思想・信条、家庭環境など、それぞれがさまざまな事情や背景を持った人間の集合体です。異なる背景、個性を持った人々を労働者として積極的に受け入れ、その人の最大限の実力を職場で発揮させるためには、働き方の選択肢も多様化することが求められます。

さまざまな分野でグローバル化が進む状況の下で、今では外国人労働者の数も増加しています。少子化による若年者人口の減少は同時に労働者人口の減少を生みます。外国人労働者の雇用はその対応策の一つでもあります。異なる背景を持つ労働者それぞれの個性を活用することは、現代の企業経営に不可欠です。ダイバーシティの発想を取り入れることは、新たな雇用機会の拡大に伴う人材の確保、市場の拡大、労働者のモチベーション促進といった面でも効果を生みます。このことは企業活動の発展は当然のこととして、社会全体の活況化、発展にも貢献することにもつながります。

 

技術発展による社会変革やライフスタイルの変化も働き方に大きな影響を与えました。

封建的な農耕社会や初期の資本主義の発展段階では、直接肉体を駆使する労働が中心でした。そうした社会では、体力的に優れた者が求められることから、肉体的にも頑健な男性が業務に最適との結論が導かれます。そうなると、女性には男性をサポートするポジションに就いてもらうほうが、生産性の向上にとってプラスに作用します。

しかし、時代を経て新たな産業と市場が生まれると、体力労働偏重から知力を駆使する社会に移行していくことになります。これにより、労働ニーズとしてもデスクワークの比重が高まります。そうした社会では、知的生産性の向上が業務に大きな影響を与えることになり、肉体的優位性が必ずしも仕事の成果に直結しないことになります。体力よりも知力が重視される労働市場の誕生です。このことも働き方の多様化が進む一因となるわけです。そして、インターネットの普及・発達によって、業務が細分化することでより拍車がかかり、それぞれに適した能力、就労の必然性が高まり、性別による役割分担は、経済社会の中ではその意味が薄れることになりました。

 

(仕事に関する契約の多様化(6)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博