コラム

ウィズコロナ時代の定年制とは(3)

前回からの続き

「45歳定年論」の表と裏

サントリーの新浪氏の「45歳定年論」の理由は大義名分としての話しという点もあります。経営者(雇用者)側の実情は別のところにあると思います。現在の日本の雇用における報酬制度では年を重ねれば報酬が増えることになります。年功序列型の日本の雇用状況を考えればそうなることは当然のことです。そうすると、一番の働き手である20~20代は労働量に対して低賃金で働くことになります。一方で、労働量自体は軽減化される40~50代は若い世代に比べて高額な賃金を得ている現状があります。

経営者とすれば、役職に就き高報酬に見合った責任を負う労働者は別として、一労働者という視点で見れば年齢を重ねているというだけで若年者よりも高額な報酬を受け取るコスト高な「45歳」の従業員を整理して人件費を抑えたいというのが腹の内にあるのかと思われます。「45歳定年論」は、有能であればまだしも、役立たずの高給取りを一気にお払い箱にするには体のいい理由になるというわけです。いくら仕事ができない、コストに見合わないからといっても、労働者の地位は法律によって手厚く保護されているため、解雇するのは困難です。能力不足や勤務態度不良を理由に解雇された場合でも、解雇が不当として無効になる可能性があります。無能な社員はクビにするのか、それとも雇い続けるのかということは経営者としては悩ましいところです。欧米型のドライな契約志向を持ち合わせていない日本の経営者にとっては従業員をクビにするというのは非常に辛いし、大変なことです。そこで、自ら会社を去ることを促す「45歳定年論」が登場することになります。

 

「45歳定年」の損得勘定

前に述べたように「45歳定年論」は、正確には45歳で定年して悠々自適の余生を送るといったものではありません。雇用者側の真意は別として、労働者としては、社会状況の変化、自分自身のスキルの向上に合わせて次のステージに移行するという性質のものです。結局、早期に退職するか否かは、労働者本人の志向や能力次第ということになります。そこで、早期退職のメリット・デメリットを検討します。

 

早期退職のメリット

雇用者側にとっては人件費の削減が早期退職を推奨するメリットとして挙げられますが、従業員側には以下のメリットが考えられます。

 

1.退職金の割増し

早期退職するメリットとしては、定年退職時にもらえる退職金よりも、早期退職のほうが退職金を割増しで受け取れることがあります。もちろん、早期退職に伴う退職金の割増しは企業に義務付けられているわけではありませんが、多くの企業で採用されています。

その企業で定年まで働くことで毎月もらえるはずの給与額に比べると、受け取れる金額の総量は少なくなりますが、セカンドステージで前職よりも収入増が図れたり、より有意義な時間を過ごしたりすることができるのであれば、さしたる問題ではありません。

2.現在の就業先からの転職支援

企業によってはということになりますが、早期退職に際して転職支援を受けられることがあります。雇用者側にとっては人件費の削減という目的達成にも繋がることですから、積極的に転職を支援するメリットはあるし、労働者側としても自分一人で転職活動をするよりも転職が容易になります。

3.失業手当の受給

早期退職してもスムーズに次のステージに移行できるのであれば支障ありません。しかし、そうでない場合には生活の糧が必要になります。できれば退職金には手を付けたくありません。会社都合での退職となる場合には、自己都合で退職するよりも失業保険の給付金を早く長く受け取れます。自己都合による退職の場合には失業保険の受け取りまで数か月待機しなければなりません。ところが、会社都合による退職であれば、この期間が短縮され、給付される期間も長くなります。ただし、選択定年制の場合には、自己都合での退職となります。

 

早期退職のデメリット

それでは早期に退職することのデメリットはどこにあるのでしょうか。

 

1.給与収入がなくなる

割増退職金を手に入れるとしても、仕事を辞めればこれまでの給与収入が途絶えてしまいます。もちろん、この場合もセカンドステージへスムーズに移行が決定しているのであれば問題ありません。ただ、そうならなかった場合には、ローンの返済計画や、さまざまな支払い計画も見直す必要があります。次の勤め先に落ち着くまでは新たにローンを組むことが厳しくなります。

2.福利厚生がなくなる

退職すると、社宅に住んでいた人はもう済むことができません。また家賃補助や持ち家補助を受けていた人は、そうした補助がなくなってしまいます。

社会保障についても、これまで雇用先が半額を負担してくれていた厚生年金からも外れることになり、国民年金に加入し直さなければなりません。60歳までの厚生年金の支払いも早期退職によって止まってしまうと、年金の掛け金の合計金額も減ることになり、将来的に受け取る老齢基礎年金の金額も減少します。

 

(ウィズコロナ時代の定年制とは(4)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

ウィズコロナ時代の定年制とは(2)

前回からの続き

こうした状況の下で雇用延長が進む一方で、「45歳定年制」が突如浮上したわけです。従来の方針とは正反対の政策提言が波紋を呼んでいます。45歳定年制という言葉だけを見れば、「一律45歳で退職されて、従業員を探さなければならないのか」といった不安の声が、雇用者側から、「解雇の自由化や非正規雇用の拡大が進むのではないか」といった不安の声が、被用者側から上がりかねません。

以前、内閣官房国家戦略室のプロジェクトチーム「国家戦略会議フロンティア分科会」の報告書の中で雇用流動化を推進する施策として「40歳定年制」を提唱したことがあります。これは、2050年の日本のあるべき国家像を構想し実現するための戦略について提言したもので、雇用・労働分野を改革案の大きな柱の一つに据えています。その中で、勤労形態の変革や女性の就業の促進、生活保護などのセーフティネットの見直しといったテーマとともに、「企業内の人材の新陳代謝」が必要と述べ、その施策の一例として40歳定年制について次のように言及しています。

<具体的には、定年制を廃し、有期の雇用契約を通じた労働移転の円滑化をはかるとともに、企業には、社員の再教育機会の保障義務を課すといった方法が考えられる。場合によっては、40歳定年制や50歳定年制を採用する企業があらわれてもいいのではないか。もちろんそれは、何歳でもその適性に応じて雇用が確保され、健康状態に応じて、70歳を超えても活躍の場が与えられるというのが前提である。こうした雇用の流動化は、能力活用の生産性を高め企業の競争力を上げると同時に、高齢者を含めて個々人に働き甲斐を提供することになる>

従来の議論では、定年については年金支給開始年齢の引き上げに合わせて、65歳までの雇用延長とその義務化の流れがありました。企業が従業員の定年年齢を定めるとしても、高年齢者雇用安定法によって60歳を下回ることができませんでした。ところが報告書では、60歳定年制では企業内に人材が固定化し、競争力低下のリスクを避けられないと強調したうえで、労使間の合意があれば、管理職への昇進が増える40歳ぐらいまで思い切って定年を引き下げられる柔軟な雇用ルールへの転換を訴えたのです。併せて、早期定年を選ぶ企業に対しては、退職者への定年後1~2年間の所得補償や社員の再教育への支援を義務付けることも不可欠であるとしています。

 

「40歳定年制」という言葉だけがクローズアップされていますが、報告書の記述をよく読むと、必ずしも「一律40歳で終了」といった内容ではありません。それどころか提案の趣旨は、定年制を廃止し、雇用契約を原則有期とすることにあって、その有期の雇用契約の一形態として40歳までの雇用契約として「40歳定年制」を挙げているわけです。つまり、定年というとどうしても仕事を辞めて余生に入るといったイメージを持ってしまいますが、ここで言っているのはいったん退職するという意味であって、社会的にリタイアしてしまうということではありません。

分科会の報告書は少し前のものなので、当時、一般的に65歳までの雇用延長とその義務化を前提とした流れの中で「40歳定年制」に触れていたのですが、現在の議論としては、それに5歳プラスした70歳までの雇用延長とその義務化を前提とした流れの中で「45歳定年制」が議論の課題となっています。

 

いずれにせよ、こうした雇用改革の実現には賃金制度や退職金制度の抜本的な見直し、転職市場の整備、人材育成などを含めた一体的な検討が必要です。政府も報告書の提言はあくまでも長期的な指針という位置付けであり、ただちにすべて実現することを目指すものではないとしています。

もし45歳まで定年年齢を引き下げるというのであれば、当然、年金も45歳からの受給を可能にしなければなりませんが、現在のように高齢化が急速に進む中で支給年齢を下げるというのはあまりにも非現実的な話しです。現在では、原則として年金支給が65歳から始まることからすれば、定年を45歳まで引き下げるということによって20年もの空白期間が生じてしまいます。

こうした、労働者が一方的に不利益を受けざるを得ない提案であれば、強い拒絶反応が出るのは当然といえば、当然のことです。定年制度は労働者の可能性を一定の年齢で切り捨てるドライな制度ではありません。新浪発言は、45歳で定年を迎えても余裕をもって引退後の生活を送ることができる階層の発言として多くの人に憤りの感情を与えてしまいました。しかし、これは、「定年」という言葉が使われたことが誤解の端緒で、加えて十分な説明がなされていなかった時点で後々問題となることはやむをえなかったわけです。

以前、会社の寿命30年説というのが唱えられたことがあります。これは必ずしも会社が30年で寿命を終えるということではありません。ひとつの産業が勃興し、最盛期を迎え、停滞するサイクルとして30年を目途にしたものです。そうすると、現在ではそのサイクルがもっと短縮化され、20年~25年がそのサイクルといえるのかもしれません。現在では、リタイアして年金生活に入るのは65歳からとなりますが、段階的に年金の受給年齢が引き上げられていくことを考えると、約50年間働くことになります。従来型の終身雇用制であれば50年間一か所で働くというモデルがスタンダードであったかもしれませんが、産業の転換が激しい世の中になってしまえば、50年間一つの産業や会社が安泰ということはあり得ません。そのことを考えれば、50年の労働期間を前半と後半に分けて、前半で自己研鑽を重ねビジネススキルをアップするとともに、後半の約25年の期間において向上、繁栄を迎える産業、会社を予測して、転職することを考えるのが優れた就業モデルの一形態といえることになります。

 

(ウィズコロナ時代の定年制とは(3)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

ウィズコロナ時代の定年制とは(1)

「45歳定年制」の衝撃

9月9日、サントリーホールディングスの新浪剛史社長が経済同友会の夏季セミナーにオンラインで出席し、ウィズコロナの時代に必要な経済社会変革として「45歳定年制を敷いて会社に頼らない姿勢が必要だ」と述べたことが話題になっています。

政府は、社会保障の支え手拡大の観点から、企業に定年の引き上げなどを求めており、70歳までの就業確保の努力を義務付ける改正高年齢者雇用安定法が今年4月1日より施行されました。この流れを受けて、アサヒグループホールディングスでは、3月29日、傘下のアサヒビールなど3社が、希望者の雇用を定年後最長70歳まで延長すると発表しています。ところが、新浪氏は社会経済を活性化し新たな成長につなげるには、従来型の雇用モデルから脱却した活発な人材流動が必要との考えを示したうえで、政府定年引上げとは相反する45歳定年制導入をアピールしたわけです。

新浪氏の発言が報じられると、SNSなどでは「45歳での転職は普通の人では無理」「単にリストラではないか」といった批判が相次ぎました。翌10日の記者会見で発言の真意を問われた新浪氏は「45歳は節目であり、自分の人生を考え直すことは重要だ。スタートアップ企業に行くなど社会がいろいろなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首を切る』ことでは全くない」と弁明し、発言自体はソフトダウンしました。

今回は、新浪氏の「45歳定年制」発言をきっかけにウィズコロナ時代の定年制度を考えてみたいと思います。

 

日本の定年制度

「定年制」とは、一定の年齢に達した労働者について、雇用契約を終了するという雇用契約上の制度のことをいいます。

国民の寿命が長寿化することで、「働くことが可能な年齢」も上昇しました。これまでは60歳になると、気力・体力の衰えから十分に働くことが困難になってくるため、職を離れ、引退生活に入ったわけです。ところが、現在の60歳は、元気に働ける人の方が多い状況にあります。また、高齢化と合わせて少子化も進行していることからも労働人口の確保のためにも定年の繰り上げが望まれます。そこで、労働の現場においては、「定年」が、徐々に高齢化する傾向にあり、これと共に、「定年後の継続雇用制度」も義務化され、会社は高齢者をできる限り活用し、労働力人口の減少を補おうとしています。

元々日本の雇用慣行では、「長期雇用」を前提としていたことから、「年功序列」によって、年齢が上がり、勤続年数が長くなるほど、給与は高くなっていました。高齢になれば、給与は高額化するわけですが、実際は、高齢化するにつれて、モチベーションは低下し、元気はなくなり、体調は思わしくなくなって働く意欲・能力は低下していきます。つまり、労働とその対価にアンバランスな状態が生じることになるわけです。

そこで、生涯給与が上がり続けることなく、一定の年齢で、雇用を終了するようにしたのが「定年制」です。

 

日本では、ほとんどの会社で定年制を採用しており、そのうちの多くが、「60歳定年制」を実施していました。従来の年金支給は60歳からでしたから、定年退職後の生活基盤を年金に委ねることが可能でした。ところが、年金支給年齢が徐々に繰り上げられていったことから定年退職と年金による生活へのスムーズな移行ができなくなります。そのため、「60歳定年制」を採用している会社も、さまざまな形で再雇用制を採用しています。

したがって、「60歳定年制」、かつ、60歳以降の再雇用制というのが、一般的な会社の定年制度といえます。

「高年齢者雇用安定法」は、定年年齢に達した労働者を含め、高年齢者の雇用機会の確保と、雇用の安定を目的とした法律です。この法律では、「定年制」について、会社が守るべき最低限の義務が定められています。

高年齢者雇用安定法における「定年制)」ルール

・従業員の定年を定める場合は、その定年年齢は60歳以上とする必要があります。(高年齢者雇用安定法第8条)

・定年年齢を65歳未満に定めている事業主は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、「65歳までの定年の引上げ」「65歳までの継続雇用制度の導入」「定年の廃止」のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を実施する必要があります。(高年齢者雇用安定法第9条)

 

改正高年齢者雇用安定法が施行(令和3年4月1日)され、これにより、継続雇用の確保が必須の義務となりました。改正雇用安定法以前には、努力義務であったものが、法改正によって、より高年齢者の雇用安定が強化されました。改正高年齢者雇用安定法により、65歳までの継続雇用は、「努力義務」ではなく「義務」となりました。

したがって、労働者としては、65歳までの間は、労働者が希望すればこれまで勤務した会社で雇用され続けることが、期待できることとなりました。

ただし、経過措置として、施行以前に労使協定を締結して、継続雇用の対象者を限定している場合には、施行後も、最大で令和7年3月31日までは、年金支給年齢の引上げにあわせて段階的に、雇用継続の義務化をすればよいことになります。

平均寿命は年々上がっており、就業が可能な年齢も、高年齢化していくことが見込まれ、今後も、定年年齢は引き上げられていくことが考えられます。

今後、公務員の定年年齢は段階的に65歳まで引き上げられていくことが予定されています。現在は、「60歳定年」であり、その後の継続雇用の措置が採られていれば適法ですが、これからは定年年齢の下限自体が引き上げられていくことになります。

( ウィズコロナ時代の定年制とは(2)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(6)

前回からの続き

労働者が望む働き方とは?

コロナ禍を経験して、多くの人が従来の働き方に何らかの不満を持っていることが顕在化しました。

労働者は、その背景や考え方が当然異なるわけですから、それぞれが自分に適していると考える働き方、希望する働き方も違ってきます。そのすべてに対応するのは困難なことですが、労働者が自分の希望に沿った働き方のグランドデザインを描くことのできる柔軟な制度案や労働環境があれば、それを基に、労働者自身が主体的に描いた理想の働き方を実現していける方向性が見えてきます。

そのためには企業側が、育児や介護、病気療養など、自身や家庭の事情があっても働き続けられ環境を整備すること、プライベートを充実させたい労働者に対してはそのニーズにも応えられる体制を採ること、プライベートと仕事の両立を可能にする働き方の選択肢を準備しておくことが必要です。出産や育児、介護といった人生の転機を迎えた際にも、職場に育児・介護支援策が存在し、時短勤務やテレワーク、フレックスタイム制度といった柔軟な働き方の制度があれば、労働者は安心して働き続けることができます。安定した収入面はもちろん、個人の事情によって、社会との関係性を途絶させることなく維持し続けることや、自分のキャリアを諦めずに継続、発展させることができれば、労働者自身のモチベーション維持や勤務する企業へのロイヤリティの醸成につながります。このことは有能な労働者の安定雇用、長期雇用に結びつくことになりますから、企業側にとっても大きなメリットになります。

副業・兼業が許容されることは、労働者にとっても魅力的です。これまでの雇用者と労働者との関係性は封建的な発想に引き摺られていた一面があると考えられます。そこには主人と家来の従属性を反映した過度な忠誠心が求められていました。これは我が国の雇用についての歴史的な精神性の在り方にもよるものですが、近代化以降の法思想ではそうした旧来の考え方は排除され、対等な関係を前提とした契約が現代社会のスタンダードな基準になっています。労働者に対する拘束もその時代の社会観念に適合する範囲で、かつ当事者の合意があって初めて効力が発生することになります。

新たなチャレンジやプライベートの充実など、ひとつの仕事に縛られず、人生設計を自由に組み込めるような就労条件も、多様な価値観の広がりや長寿命化が進んだ現代のニーズに合っています。こうしたことも、労働者に歓迎されやすい職場環境が生み出され、これも雇用にとってプラスに作用することになります。

コロナ禍で普及することになったテレワークは、環境の整備やコミュニケーションの問題解消に工夫することで、通勤に伴うハンディに悩まされることもなく、能動的に働けるスタイルです。現代人が悩まされるストレスの軽減や業務における効率・生産性向上が見込めることは企業にとって好結果を生みだすことにもなるし、労働者側からの導入希望も増えています。

 

働き方の改善策として

働き方の改革といっても、何から始めれば良いかわからないという場合、まず実際に働いている労働者がどんな点に不満を抱いているか、その内容に着目して分析しなければなりません。

長時間労働が常態化し、残業することが評価につながるなど、旧態依然とした体質が残ってはいないか、休職することで後に復帰しても築いたキャリアが絶たれてしまう労働環境が放置されてはいないでしょうか。

こうした問題点があれば、まずはその改善を図ることが必要です。適切な勤務管理を行い、公平で透明性の高い評価体系を創出し運用することが求められます。必要なのは労働時間の長さではなく、時間を有効に活用し、成果を最大化する生産性です。

短時間勤務やテレワーク、フレックスタイム制度などで時間や場所の制約を最小限とすれば、労働者の定着率は確実に上がります。外回りの営業や在宅ではカバーできない労働者についても、毎回オフィスでの報告を義務付けられたり、資料を準備したりすることが強いられるのは、過大な負担となります。取引先との往来に多大な手間がかかることは、非効率的で本人にも会社にもマイナスです。こうしたことを回避して、効率化を図るためにはモバイルワークやサテライトオフィスの導入、電子署名など、ICTの積極活用が効果的です。

テレワークは柔軟な働き方の実現にとって大きな役割を果たします。しかし、これを導入する場合、職場内コミュニケーションの不足や勤怠管理、セキュリティリスクなどの問題発生が考えられます。また、多様な働き方をする個々のスタッフを上手くマネジメントし、全体の業務をバランス良く進めていくより高度なレベルの能力やスキルが、管理職や経営陣に求められることになります。

コロナ禍を受けて副業・兼業の規制が緩やかになりつつあります。コロナ禍の経済的ダメージから労働者に対して、定期昇給どころか現状維持も困難で報酬の大幅なダウンを提示せざるを得ない企業が増えました。そのため、労働者への拘束を緩めて一定の条件で自社での勤務時間以外に副業・兼業を許容するところも出てきました。この場合、労働者の社会保険などの対応は主たる勤務先で行います。労働者は、減収をカバーしたり、それどころか増収を図ったりする可能性が生まれるし、企業からすると、人件費を抑制しながらも効率的に業務を行うことが可能になります。

 

必要な施策とは何かを真摯に探り対応する企業のみが、令和にあっても効率的な経営を実現し大きな飛躍が見込めるはずです。民法改正によって、契約類型も多様化しました。企業も労働者のニーズに沿った豊かな働き方のメニューを提示する時代が到来しています。

 

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(5)

前回からの続き

多様化の背景

そこで、現在、働き方が多様化し、従来の働き方が変容を遂げることになった原因はどこにあるのかを考えてみます。

一つには、先進国に共通する少子高齢化とこれに伴う労働力人口の減少を挙げることができます。高度経済成長期においては、人口構成を見ても労働力人口の比率が高く、大量生産を行う体制を維持するうえでも、均一な労働条件で長く働くことが求められました。そしてそのことが時代の趨勢にも合致していたわけです。

ところが、今では、高齢者の比率が急速に高まる一方で、出生率の低下から若年者人口が減少することで労働力人口も下降しています。このような状況下で、経済競争力を維持・向上させ、社会全体の質を維持していくことは甚だ困難です。少ない人口であっても効率的な成果を上げるには、個人レベルの生産性を向上させたり、就業意欲がある層の労働力を有効活用するための方策として女性が働ける環境整備を行ったり、高齢者の再雇用によって現役世代を伸張したりするために現状の社会制度を再構築することが必要になります。

こうした時代のニーズに沿って多様な人材、労働力を確保するために、働き方の多様化が必然的に進んでいくことになりました。

従来の典型的な働き方が内包してきた問題である長時間労働や有給休暇の取得率の低さが、いよいよ看過できなくなってきたことも原因として挙げることができます。

これまでは、企業内での部署異動や転勤にも黙々と従い、長時間労働にも不満を漏らさない正規労働者だけが必要とされ、評価されてきました。しかし、現在の労働者は労働者の権利を堂々と主張します。企業の押し付けに唯々諾々と従う働き手は当然のことながら減少します。加えて、労働者におけるメンタルヘルスの問題もますます深刻化しています。

女性であれば、高い能力や豊富な経験を持っていても、結婚や出産といった重大な人生のイベントのために、そのキャリアに空白期間を作ってしまったり、一時的でも職場を離脱したことがマイナス評価につながり十分な活躍の場を与えられなくなったりすることがあります。それどころか、そのままキャリアからのドロップアウトを強いられることさえありえます。有為な才能や知識・経験を職の現場から遠ざけてしまうことは企業にとっても、労働者にとっても大きな損失です。

少子高齢化が進むことで、介護をしながら働く労働者も男女を問わず増えることになります。これを踏まえて、それぞれがさまざまな事情を抱える労働者が働きやすい環境を整え、従来の企業社会にあった問題点を積極的に改善していく必要があります。この問題に積極的に対処していく姿勢を打ち出さなければ、直ちに企業活動の停滞を招いてしまうのであって、私たちはそうした現実に目を背けることが不可避な状況にあるわけです。

 

ダイバーシティの発想の定着も働き方が多様化した一因として挙げられます。

「ダイバーシティ」(diversity)とは、雇用の機会均等、多様な働き方を指す言葉ですが、当初は、アメリカにおいてマイノリティーや女性の積極的な採用、差別のない処遇を実現するためのアイコンとして生まれました。そして、その概念が広がりを見せた結果、「多様な働き方」を受容する考え方として使われるようになりました。日本においては、アメリカと比べて人種問題、宗教問題は希薄なため、年齢、性別、学歴、ライフスタイル、肉体・精神のハンディキャップ等といった面に注目した多様性として捉えられているようです。

従来の人権としての視点からだけでなく、少子高齢化による労働力人口の減少等に対応した人材確保の視点から「ダイバーシティ」に取り組む企業が増加しつつあります。

社会とは、年齢、性別、人種、学歴、職歴、国籍、ハンディキャップ、思想・信条、家庭環境など、それぞれがさまざまな事情や背景を持った人間の集合体です。異なる背景、個性を持った人々を労働者として積極的に受け入れ、その人の最大限の実力を職場で発揮させるためには、働き方の選択肢も多様化することが求められます。

さまざまな分野でグローバル化が進む状況の下で、今では外国人労働者の数も増加しています。少子化による若年者人口の減少は同時に労働者人口の減少を生みます。外国人労働者の雇用はその対応策の一つでもあります。異なる背景を持つ労働者それぞれの個性を活用することは、現代の企業経営に不可欠です。ダイバーシティの発想を取り入れることは、新たな雇用機会の拡大に伴う人材の確保、市場の拡大、労働者のモチベーション促進といった面でも効果を生みます。このことは企業活動の発展は当然のこととして、社会全体の活況化、発展にも貢献することにもつながります。

 

技術発展による社会変革やライフスタイルの変化も働き方に大きな影響を与えました。

封建的な農耕社会や初期の資本主義の発展段階では、直接肉体を駆使する労働が中心でした。そうした社会では、体力的に優れた者が求められることから、肉体的にも頑健な男性が業務に最適との結論が導かれます。そうなると、女性には男性をサポートするポジションに就いてもらうほうが、生産性の向上にとってプラスに作用します。

しかし、時代を経て新たな産業と市場が生まれると、体力労働偏重から知力を駆使する社会に移行していくことになります。これにより、労働ニーズとしてもデスクワークの比重が高まります。そうした社会では、知的生産性の向上が業務に大きな影響を与えることになり、肉体的優位性が必ずしも仕事の成果に直結しないことになります。体力よりも知力が重視される労働市場の誕生です。このことも働き方の多様化が進む一因となるわけです。そして、インターネットの普及・発達によって、業務が細分化することでより拍車がかかり、それぞれに適した能力、就労の必然性が高まり、性別による役割分担は、経済社会の中ではその意味が薄れることになりました。

 

(仕事に関する契約の多様化(6)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(4)

 

前回からの続き

さまざまな働き方

現在では、働き方のスタイルが多様化し、普及しています。そこで、現在のワークスタイルを整理してみます。

まず、雇用形態で分類すると、正規従業員と非正規従業員に分けることができます。正規従業員の場合、収入の安定があるものの、就業の自由が利かないという難点がありましたが、最近は就業スタイルの多様化が進んでいます。

非正規従業員の具体例としては、派遣労働者、契約社員やアルバイトに加えて、業務委託契約や請負契約に基づいてフリーランスの立場で働く人、在宅ワーク型の個人事業主を挙げることができます。こうした人たちは収入が不安定であったり、社会保障の自己負担が大きかったりするというデメリットが伴うものの、自分の都合の良い時間や場所で働くことが可能になるといったメリットがあります。働くことについての選択の幅が広くなり自由な環境がある程度確保されるわけです。

ただ、法的にみると、派遣労働者、契約社員やアルバイトの場合には「労働者」として取り扱われることになるのに対して、フリーランスで働く人は「事業主」として取り扱われることになるため、労働法の適用対象として保護されることはありません。法律上は、零細であっても個人事業主であれば相手との立場は対等であり、雇用者と労働者のような上下関係は発生しないからです。当事者の関係を考えるとき、法的な取り扱いの差異は要注意です。

フリーランスの延長線上には、起業して法人成りすることで自分自身が経営者になることも考えられます。業務遂行にあたっては顧客や自社の従業員の同意が必要になるので、フリーランスの頃に比べて、就業時間や場所に制約が生じることも考えられます。その一方で、経営者ですから仕事自体を選ぶことができるし、法人としての税制上のメリットも生まれます。

 

次に、従業員として、企業に雇用される労働者がどのような形態で勤務するのか、またその就業形態の内容について分類してみます。

・フルタイムとパートタイム

「フルタイム」とは、職場ごとに定められた所定労働時間で働く働き方です。所定労働時間というのは、就業規則などで決められている始業時刻から終業時刻までの時間のことです。具体的な時間数は職場によって異なりますが、一般的には、労働基準法によって定められている法定労働時間の上限である「1日8時間、週40時間」になります。

一方、「パートタイム」とは、所定労働時間の一部(パート)だけ働く働き方です。労働時間が短いため、「短時間労働」や「短時間労働者」とも呼ばれます。シフトによって働くパートタイムは、フルタイムより収入額が減るというデメリットがあります。しかし、一定の所得額に達しない場合には、配偶者が働いているとその扶養に入れるというメリットがあります。配偶者の扶養に入ることで、社会保険料の自己負担がなく、所得税や住民税の一部も免除されます。

・季節労働

元々は農閑期など季節的な労働余暇を利用して臨時に就労すること、あるいは季節的な労働需要に対し一定期間だけ就労することをいいました。しかし、最近では自分自身のライフスタイルとして季節労働に従事する人も増えています。自分自身のやりたいことのために一定期間仕事に就いて、資金を確保したら、仕事から離れてやりたいことに打ち込むわけです。季節労働の雇用形態は特殊なもので、労働基準法では一般の常用労働者と区別して取扱っています。季節労働者については,4ヵ月以上引続き使用されるにいたった場合を除き、解雇制限は適用されないこととされ、法的な保護規制も弱いという問題点を抱えています。

・フレックスタイム制度

最近、よく耳にするものに「フレックスタイム制度」があります。これは、勤務時間に関する制度ですが、よくいわれるナインtoファイブ、つまり一般的な9時開始、17時終業といった固定的な勤務時間ではなく、労働者自身が、始業・終業時刻と労働時間をある程度自由に設定することができます。フレックスタイム制度が適用されると、その日の都合に合わせて出勤時間を早めたり、遅くしたりするなど、1日の働く時間帯を労働者本人の裁量で選択することが可能になります。これによって、労働者が仕事とプライベートのバランスを図りながら、自分の時間をより有効に活用する可能性が広がります。

・時短勤務

「時短勤務」とは、介護や育児、病気療養といった本人の個別の事情を勘案し、労働時間を短縮するものです。この場合には、1日の所定労働時間は原則として6時間となります。そのため、何らかの理由で仕事に充てるための十分な時間を確保できない人も仕事を継続することが可能になります。子育て世代にはありがたい制度であるため、とくに幼い子供を抱える女性の就業に寄与することが期待されます。

・テレワーク

「テレワーク」では、働く時間だけでなく働く場所の制約を解消する効果があります。テレワークについては、「在宅勤務」のように労働者が自宅で働く場合、「モバイルワーク」のようにさまざまな場所(オフィスや出先、あるいは移動中)で働く場合、「施設利用型テレワーク」のように自分の本拠から離れた場所にある拠点(サテライトオフィス)などで働く場合の3つ形態が考えられます。コロナ禍の影響で多くの企業で導入が進むことになりました。

 

このように、働き方の多様化によって、従来はあきらめざるを得なかった制約を排除することを可能にしています。

(仕事に関する契約の多様化(5)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(3)

前回からの続き

3.善管注意義務

善管注意義務とは、「善良なる管理者の注意義務」の省略です。善良なる管理者の注意義務とは、契約において一般的に要求されるレベルの注意について明文化したものです。この義務が課されると、より慎重に注意を払う必要が生じます。その際には職業や地位に応じて最大限の思慮が要求されることになります。職業や地位に応じてというのは、客観的な判断に基づきます。職業や地位に応じた注意が尽くされていないと判断されると「過失あり」ということになります。

受任者の注意義務を定める民法第644条では、「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」旨、規定され、善管注意義務が明示されています。「請負契約」の場合にはこうした義務が発生しないのに対して、「準委任契約」における受任者は善管注意義務を負うことになります。

 

4.中途解約

「準委任契約」と「請負契約」では、中途解約できるタイミングが異なります。「準委任契約」では、委任者と受任者がいつでも契約を解除することができます。準委任契約は、業務を遂行することを目的とするため、業務が不要になった時点で解約が可能になります。

これに対し、「請負契約」では、成果物が完成する前であれば、委任者側が契約を中途解除することができます。ただし、発注側が中途解約するケースでは、受任者に対する損害を賠償の義務を負うことになります。

 

5.再委託

再委託とは、受任者が下請け業者などの第三者に改めて業務を委託することです。「請負契約」では、この再委託が可能ですが、「準委任契約」では原則としてできません。もし準委任契約を締結したものの、自分の手に余る業務であった場合には、さらに他の人に依頼して処理することができないことを理解しておく必要があります。ただし、「準委任契約」の場合でも、委任者の承諾がある場合には、受任者は再委託することが可能になります。

 

準委任契約と派遣との違い

準委任契約とともに業務委託契約で利用されるものは「請負契約」ですが、よく混同されるものに、「派遣」があります。ここでは、準委任契約と派遣契約との違いを見ておきます。

派遣業務はアウトソーシングと一まとめにされていますが、アウトソーシングは「業務・成果物の提供」サービスであるのに対し、派遣は「人材の提供」サービスという点が異なっています。派遣では、受け入れ会社(派遣先)が派遣業者(派遣元)と「労働者派遣契約」を結び、派遣社員を受け入れ、受け入れ会社(派遣先)の管理下で事務を行います。労働者派遣契約では、派遣会社(派遣元)ではなく受け入れ会社(派遣先)に指揮・命令権があり、派遣社員に対し細かい作業指示を行うことができます。

これに対して、(以前にも触れたように)準委任契約や請負契約の場合は、発注者側には指揮・命令権がありません。それどころか、業務委託なのに発注者側がくちばしを突っ込むように指示をするのであれば、偽装請負といわれる違法な状態になってしまいます。このように業務上のイニシアティブに違いがあるということです。ところが、この違いを、発注者側もよく理解していないことがあります。業務委託契約を締結することになった場合には、こうした点に注意して契約書の内容を吟味してから業務に臨む必要があります。

 

契約の使い分けと注意点

契約類型の相違点について触れてきましたが、実際に契約を締結する際には、どのような点に注意すればよいのでしょうか。

委任者と受任者の間で、責任範囲を明確にするためにも、的確に使い分ける必要があります。そこで、契約を使い分けるときに気を付けるべきポイントについて触れておきます。

 

仕事の完成義務

契約の使い分けにおいて重要なポイントは、「仕事の完成を目的とするかどうか」という点です。仕事を依頼する側である委任者は、必ず業務を完成させなければならないというのであれば「請負契約」を選択するべきですし、必ずしも完成させなくてもよいのであれば「準委任契約」が適しているといえます。

たとえば、ITシステムの導入を全て外部に依頼したいのであれば、受任者に完全な状態で納品してもらわなければ意味がありません。この場合には、「請負契約」を締結して、受任者に納品物に対する完成義務を負わせることが適切といえます。

これに対して、納品物が必要とされない業務であれば「準委任契約」が適しています。先程のITシステム導入の例でいえば、設計の段階で受任者の知識・技術を必要とするようなケースが考えられます。

 

仕事のプロセス

次に、仕事のプロセスが挙げられます。専門の知識やスキルを持った人に、業務のプロセスを遂行させたいのであれば、「準委任契約」が適しています。

具体的には、入力・会計業務といった事務処理やコールセンターの業務などが挙げられます。特定の業務についてピンポイントの時間、あるいは定められた契約期間内に業務を遂行させたい場合には準委任契約を選択するべきです。

(仕事に関する契約の多様化(4)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(2)

請負契約とは?

「請負契約」とは、特定の業務を完成させることを定めた契約のことです。準委任契約とは異なり、業務を受ける側は業務を完成させ、成果物を収める義務があります。その成果物の対価として、報酬が支払われることになるのが請負契約です。一般的にいわれる「成功報酬」タイプの契約をイメージしてもらえばよいのかと思います。

 

準委任契約の種類

債権法分野を中心に大改正が行われた民法が2020年4月1日に施行されました。改正民法では、委任契約(準委任契約)は2種類に分けて定義されました。それが、以下の2つのパターンです。

履行割合型

成果完成型

それぞれの特徴について、見ていきます。

・履行割合型

まず今回の民法改正によって規定されたパターンとして、割合に応じた報酬を支払うことになる「履行割合型」があります(民法648条3項)。履行割合型とは、事務処理の「労務」の対価として報酬を支払う形式になります。入力業務や会計業務といった事務処理業務において、業務時間や工程数などの業務量に応じて報酬が支払われる契約です。従来の民法のルールでは、委任が中途で終了した場合に報酬が請求できたのは、「受任者の責(せめ)に帰することができない事由」に限って、既に履行した部分の割合に応じて報酬を請求することができるとされていました。これは労働者側の問題ではない理由に限って履行した部分の割合に応じて報酬を請求することができるということです。それが、民法の改正によって受任者の帰責事由の有無にかかわらず、責任の有無にかかわらず、履行の割合に応じた報酬を請求できるようになりました。

 

・成果完成型

次に改正民法に規定されたパターンが、「成果の引渡しと同時の報酬支払」「成果報酬を約した場合の割合に応じた報酬」です(民法648条の2)。成果完成型とは、事務処理の「成果」の対価として報酬を支払う形式になります。請負契約と同様の成功報酬タイプといえます。改正民法によって、仕事を受けた側(受任者)は、完成が不能となった場合や、何らかの理由で契約解除になった場合であっても、委任者が受ける利益の割当に応じた報酬を請求できるようになりました。

実は準委任契約でも仕事の成果物を納品することで契約完了とする「請負」に類似する契約形態にする場合があります。ところが、改正前の民法には、準委任契約で成果に対して報酬を支払う合意がある場合の規定がありませんでした。それが、今回の民法改正によって、成果完成型で準委任契約を受けた場合に、仕事を受けた側(受任者)は、成果の引渡しと同時に報酬を請求することができるようになりました。また、何らかの理由によって途中で契約解除になった場合であっても、既に履行した部分については報酬を請求できることが規定されました。

 

準委任契約と請負契約の違い

業務内容や報酬条件に応じた適切な契約を締結するには、各々の契約形態の特徴を理解する必要があります。そこで、準委任契約と請負契約の違いについて比較してみます。

準委任契約と請負契約の義務や責任範囲には、以下のような違いがあります。

 

1.仕事の完成義務

準委任契約と請負契約についての仕事に対する完成義務の有無は両者の最も大きな違いです。「請負契約」では、受任者は引き受けた業務を完成させて、納品する義務があります。

これに対し、「準委任契約」では、受任者は業務を遂行すること自体が目的であり、業務を完成させる義務は発生しません。準委任契約は、顧客のところに駐在するタイプの作業で結ばれるケースが多いようです。IT関連の開発業務で開発の工程によって契約形態を変更する場合、基本設計、受け入れテストなどの作業過程では準委任契約が選択されることがあります。

「入学すれば必ず入学者全員を資格試験に合格させる」と謳って入学させた場合、これは請負契約にあたります。この文言を厳格に解すると、1人でも合格しなかった場合には、成果報酬なしという結果になってしまいます。こうしたことを考慮すると、請負契約は、達成するべき内容が確定していない業務や達成が非常に困難な業務については適していないといえます。ハイリスク、ハイリターンのギャンブル的な性格を有する場合があるからです。

 

2.契約不適合責任(瑕疵担保責任)

契約不適合責任とは、契約において商品に欠陥や品質不良、数量不足などの不備があった場合に、受任者が負う責任のことをいいます。改正前の民法の規定では、「瑕疵(かし)担保責任」と呼ばれていましたが、民法改正によって「契約不適合責任」という名称に変わりました。これまで使われてきた「瑕疵」という表現が専門的で日常的にあまり使うことのない表現であることから内容の理解しやすい「契約不適合」という表現に改められました。「請負契約」においては、契約不適合者の責任が発生しますが、「準委任契約」においては発生しません。また、改正前民法の下では、瑕疵担保責任の対象は特定物に限るとされていましたが、改正後は、特定物・不特定物を問わず契約不適合責任の規定が適用されることになります。

(仕事に関する契約の多様化(3)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博

仕事に関する契約の多様化(1)

雇用契約とは?

企業(会社や個人商人)が従業員を雇う際の契約は、一般的には、「雇用契約」です。雇用契約とは、労働者が雇用者の労働に従事し、雇用者は労働の対価として報酬を与える契約です。

雇用契約以外の仕事に関する契約としては、「請負契約」や「委任契約」があります。雇用契約の場合は、労働者は雇用者の指揮・命令に従って仕事をすることになりますが、請負契約や委任契約では、雇用主の指示ではなく自らの判断で独立して仕事をすることになります。契約当事者を「タテ」の関係で捉えたものが、「雇用契約」、「ヨコ」の関係で捉えたものが、「請負契約」・「委任契約」というイメージで考えてください。これらの契約類型はいずれも民法に規定されています。

これまでの日本における仕事に関する契約は、その多くが「雇用契約」でした。ところが、民法改正、働き方改革、そして新型コロナの影響によるテレワークの定着によって、仕事に関する契約の多様化が一気に進む状況に至っています。

 

雇用契約と請負契約・委任契約の違い

「雇用契約」を締結する労働者は、労働基準法や労働契約法といった法律により、保護されています。雇用契約を締結している労働者は、法律に基づいて有給休暇や残業代が請求できますし、雇用者側の一方的な都合で解雇することはありません。これは、法律に基づいて、労働者に認められた権利なので、たとえ雇用契約書に「当社においては有給休暇が認められません」といった規定があったとしても、そのような記載は無効となります。法律は、一般的に弱い立場の労働者を保護しているためです。

ところが、「請負契約」や「委任契約」によって仕事をする人の場合には、「雇用契約」を前提とする労働基準法などの保護の対象外となります。また、雇用契約の場合は会社に社会保険料の負担分が発生しますが、請負契約や委任契約の場合にはそうした負担はありません。そのため、雇用主が意図的に請負契約や委任契約という形式で従業員との契約を結ぼうとすることも考えられます。しかし、その場合でも、その契約が雇用契約なのか、あるいは請負契約や委任契約なのかは、契約書の表面的な記載から決まるわけではありません。

実際に、委託者と受託者との関係が指揮・命令の関係にあるのか、対等な立場にあるのかその内容を総合的に判断して契約の性質が判断されます。

具体的には、

・受託者が委託者のみならず他者からも仕事を受けることが可能な状態であるのか

・受託者が委託者の指揮・命令を受けずに自分自身の判断で業務を行っているのか

・仕事に必要な施設、機材や材料を受託者自身が準備しているのか

といったことを検討することになります。

 

「会社に就職する際に、請負契約や委任契約と記載されている契約書を渡された」場合は、表面的な文言に捉われずその契約の内容をよく吟味して、実質的にはそれが雇用契約にあたるのではないのかを検討する必要があります。

 

委任契約・準委任契約とは?

「準委任契約」とは、特定の業務を遂行することを定めた契約のことです。特定の業務を遂行することを定めた契約ですが、業務が法律行為であれば「委任契約」、法律行為以外の業務であれば「準委任契約」になります。委任・準委任契約では、業務を依頼する側を「委任者」、業務を受ける側を「受任者」といいます。

準委任契約は、特定の業務の遂行が目的であり、仕事の結果や成果物に対して完成の義務を負うことはありません。業務の結果に対して不備があったとしても、委任者は受任者に対して修正や保証を求めることができません。

 

業務委託契約とは?

「業務委託契約」とは、自社で遂行できない特定の業務を、他の企業や個人に委託する契約のことを指します。企業に勤める従業員のように雇用契約を結ばずに、特定の業務に限って締結される契約です。業務委託契約では、特定の業務のみを依頼できるため、自社が持っている技術力や人的資源では困難な特殊な業務を外部に任せたいときに使われることになります。

具体例として、IT関連システムや事業用ソフトの開発といった業務が挙げられます。業務委託契約の特徴としては、仕事を依頼する側に指揮・命令権が発生しないことがあります。指揮・命令権とは、労働者に対して業務上の指示や命令を行う権利のことです。たとえば、企業と雇用契約を結んでいる正規の従業員の場合には、指揮・命令権がある雇用者から業務上の指示や命令を受けて仕事を進めます。これに対して、業務委託契約(委任契約・準委任契約および請負契約)の場合には、発注側には指揮・命令権がないため、業務の進行や労働時間、勤務形態などに関して原則として指示を行うことはできません。

業務委託契約において業務を依頼する側は、自社の人的・設備的な資源不足を補えるだけではなく、その分野における専門家に依頼することで、質の高い成果を期待できるというメリットがあります。

業務委託契約は、大きく2種類に分けることができます。「請負契約」と「委任契約・準委任契約」です。つまり、準委任契約は、業務委託契約のうちの一つということになります。

(仕事に関する契約の多様化(2)に続く)

 

久留米大学法学部 教授 松本 博

週休3日制の導入

週休3日制とは

週休3日制とは、読んで字の如く、現状では多く企業が採用している週休2日制から、休みの日を1日増やして1週間あたりの休みを3日とする制度のことです。 現時点でYahoo! ジャパンやファーストリテイリング、みずほフィナンシャルグループなどで採用されていますが、多様な働き方が可能な制度と考えられています。

最近、週休3日制の導入論を目にすることが増えました。週単位での業務処理で考えると、週休3日制では1週間あたりの休日を1日増やすことになるわけですが、この場合には、これまで週5日で処理していた仕事を週4日で済ませる必要が生じます。

本年4月5日には加藤勝信官房長官が「選択的週休3日制」の導入について検討する旨の考えを示しました。ここでいう選択的とは、本人の希望によって週休3日で働くことが可能になることを意味しています。

その後、6月18日に発表された骨太方針2021において選択的週休3日制の推進が盛り込まれました。ワークライフバランスが重視されるようになり、育児や介護、自分らしい生き方と仕事を両立させるために多様な働き方が選択できる必要性が高まっています。週休3日制によって多様な働き方が可能になるとされ、現実に導入する企業も出始めました。

なぜ週休3日制の導入が促されるのでしょうか? また、週休3日制を採ることでどのような効果が生まれるのでしょうか?

週休3日制のパターン

企業が採用する週休3日制のパターンとして具体的には、1日10時間労働で週4日勤務(変形労働時間制)、1日8時間労働で週4日勤務して給与水準低下、1日8時間労働で週4日勤務して給与水準維持、が挙げられます。

1日10時間労働で週4日勤務するパターンでは、通常、週休3日制・週4日勤務を選択した場合であっても、週休2日制・週5日勤務の場合と1週間あたりの労働時間は同じになります。この場合、週40時間労働を週休2日制のように5日で割って1日当たり8時間にするのではなく、4日で割るので1日あたりの労働時間が10時間になるわけです。

労働基準法では、1日の法定労働時間は8時間となっているため、この場合、毎日2時間分の時間外労働が発生してしまいます。そこでこれに対応するために週休3日制を導入するときには、月単位の「変形労働時間制」を採用することになります。

変形労働時間制では、一定の期間を単位とし、その期間内ならば1日8時間を超えて労働しても、残業代を支払わないことが可能です。労働基準法では、企業が変形労働時間制を採用する場合には、1ヶ月以内の一定期間を週当たり平均で40時間を超えないようにすることが定められていますが、週4日働いて1日の労働時間を10時間とするのであれば、この条件をクリアします。

1日8時間労働で週4日勤務するパターンでは、1日の労働時間を8時間のまま週4日働くこともありえます。そうすると、1週間の労働時間が8時間分減ってしまい32時間となるため、それに合わせて給与水準が下がることになってしまいます。1日8時間労働で週休3日になると、週休2日制より給与が下がるはずです。ただし、この場合であっても成果主義の考え方を採る企業の場合には、必ずしも給与水準が下がるとは限りません。

週休3日制のメリット・デメリット

新たな働き方として注目される週休3日制ですが、企業・従業員のいずれにもメリットがある反面、デメリットも存在します。

週休3日制を導入する企業側のメリットは、「週3日休める」というアナウンスメント効果によって従業員自身の個人生活の充実を印象付けることで、優秀な人材の確保を促す点が挙げられます。また、そうした会社であれば、労働条件・環境に不満を持つ従業員が減少することで、結果として定着率を高める効果が期待できます。

さらに、休みが増えることで、仕事の緊張を緩和してリフレッシュし、就業中の集中力を回復することも考えられます。あるいは、休日を有意義に使うことができれば、従業員のスキルアップに繋がることにもなります。

デメリットとしては、従業員がまったく就業しない日が発生するために、内部での連携性に支障が生じることで、週休2日制なら終わっていたはずの業務が終了しないといったケースが起こることがありえます。また、週休3日となると従業員が取引先と連絡の取れる日が減ってしまい、これまでと比べるとスムーズな引継ぎが難しくなることもありえます。

週休3日制の導入による従業員のメリットとしては、やはりプライベートの時間を増やせるという点にあります。気分転換をしてプレッシャーから解放されることにもなるので、心機一転仕事に対する意欲を高めることもできます。また、通勤時の混雑・渋滞ストレスから解放される日が増えるという点も、企業人にとっては大きなメリットといえます。

デメリットとしては、労働時間が減ることで、収入が減少するケースがあるということが挙げられます。企業が定めた労働・報酬制度次第で給与水準がどうなるかは変わってきますが、減額されてしまう場合のダメージは甚大です。1日10時間で週4日勤務パターンの場合には、勤務日の労働時間が増えることで、著しい疲労に襲われることもあるでしょう。休みが増える一方で、就業日における自由時間の確保は難しくなります。

このように週休3日制にはさまざまなメリット、デメリットがあります。企業側としても労働者側としても自らのニーズに照らしてその導入および選択をすることでさらなる向上に結び付くことになりますが、そのメリットとデメリットをしっかりと把握したうえで熟慮して決定する必要があります。適切な導入であれば、雇用者にとっても労働者にとっても大いに寄与する制度になります。

久留米大学法学部教授  松本 博

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