子どもを持つか持たないか――。家事・育児の負担が女性に偏る日本では、その選択によって女性の人生は大きく変わります。生涯賃金もそのひとつ。キャリアの中断で、もらい損ねる賃金(逸失所得)が多ければ多いほど出産をためらう女性が増え、少子化につながりかねません。

ニッセイ基礎研究所の上席研究員・久我尚子さんは、賃金などに関する国の統計データを使って、大卒女性の典型的なライフコース(11パターン)ごとの生涯賃金を試算しました。出産せずに新卒で入社した会社で正社員を続けると、生涯賃金は2億6千万円に上ります。子どもを2人産み、それぞれ1年間の産前産後休業・育児休業を取った場合は2億3千万円です。

問題は出産退職した場合です。子育てが一段落してから再び働こうとしても、一度仕事を離れると正社員として再就職するのは難しい現実があります。例えば第2子の小学校入学に合わせて再就職しても、その仕事がフルタイム非正規なら、生涯賃金は1億円弱にとどまります。

独立行政法人労働政策研究・研修機構の2018年「第5回子育て世帯全国調査」によると、18歳未満の子を持つ2人親世帯の41.9%は、第1子の出産前後に母親が仕事を辞めています。退職理由(複数回答)の1位は「子育てに専念したかった」(46.9%)ですが、2位以下は「両立が難しいと判断した」(37.9%)、「退社することが一般的だった」(20.1%)が続きます。出産をきっかけに不本意退職した結果、世帯収入が減り、子育て・教育費を捻出できずに、2人目、3人目を諦めるという悪循環に陥ります。

「子どもを2人産み、産前産後休業・育児休業を各1年、計2年取得した際の生涯賃金は2億2985万円になります。育休復帰時にすぐにフルタイム勤務をせず、子どもが3歳になるまで短時間勤務を選んだ場合は2億2057万円です。第2子が小学校入学まで短時間勤務を続けたとしても2億1233万円を得ます。つまり育休や短時間勤務などの両立支援策を活用して同じ会社に就業し続ければ、制度の利用状況に応じて賃金は相応に減りますが、それでも生涯賃金は2億円以上を確保できます」

「差が顕著に現れるのは出産退職を選んだ場合です。一度仕事を離れると正社員として再就職が難しい現実があります。再就職パターンではいずれも再就職先で非正規雇用として働く前提で試算しています。まずは第1子の出産で仕事を辞め、第2子が小学校に上がると同時に再就職するパターンです。これは一般的によくあるライフコースでもあります。フルタイム勤務で再就職したとしても、正規雇用と非正規雇用では賃金格差が大きいため、生涯賃金は9973万円にとどまります。パート勤務での再就職ならば6489万円です。正社員として就業継続したケースと比べて、生涯賃金で1億円以上の差が生じます」

「国立社会保障・人口問題研究所の『第16回出生動向基本調査』によれば、夫婦が理想の子ども数を持たない理由のトップは複数回答で『子育てや教育にお金がかかりすぎるから』の52.6%です。妻の生涯賃金が減れば当然、生涯世帯賃金も減ります。住宅や自家用車、子どもの教育費といった高額支出を手控えざるを得ません。本当は子どもをもっと持ちたいと願っていても、子育てに十分な費用を掛けられませんので出産を諦めるケースが増え、少子化は加速します」

「もちろん、どのようなライフコースを選ぶかは個人の自由です。社会の少子化問題克服のために働きたくない人にまで就業を押しつけるわけにはいけません。ただ、問題は就業継続を望みながら、それがかなわない女性もいるということです。世帯収入が増えればたくさん子どもを生み育てる希望がかないやすくなるのに、仕事と家庭の両立環境が不十分のために就業を続けようとすると今度は子どもを生みづらくなってしまう。この状況を改善しないと少子化に歯止めはかかりません」

                                          

「政府は3月、少子化に対応するための『異次元の施策』をまとめました。その中には経済支援策として児童手当の所得制限撤廃、学童保育や病児保育、産後ケアなどが盛り込まれました。少子化対策のための第1歩として歓迎すべきことですが、これにとどまらず、さらに拡充して欲しいものです。子供にお金がかかるため産むのに躊躇するのであれば、その対策として育児休業給付金が1歳まで給料の67%支給されるのを2歳まで7割~8割まで引き上げて所得補償することも考えられます。

さらに「N分N乗方式」を日本も取り入れるべきです。これは子供の数が多いほど税負担が軽減される制度です。フランスでは、この方式によって出生率の回復に成功しています。1994年時点では1.73だった※合計特殊出生率が、2015年には2.01にまで回復しています。所得が多いほど子供を持つメリットが高まるため、教育環境の恵まれた家庭でしっかりと子供に教育を与えることができます。この方式は日本では、「金持ちの優遇制度だ」と言われそうですが、所得の低い親にお金をばら撒いたとしても、確実に効果が上がるかどうかは疑問です。社会全体で将来の社会保障制度を担う子供を十分な教育環境の中で産み育てることを優先して、さらに施策を進めることが求められます。

※合計特殊出生率とは、人口統計上の指標で、一人の女性が出産可能とされる15歳から49歳までに産む子供の数の平均を示す。