「45歳定年制」の衝撃
9月9日、サントリーホールディングスの新浪剛史社長が経済同友会の夏季セミナーにオンラインで出席し、ウィズコロナの時代に必要な経済社会変革として「45歳定年制を敷いて会社に頼らない姿勢が必要だ」と述べたことが話題になっています。
政府は、社会保障の支え手拡大の観点から、企業に定年の引き上げなどを求めており、70歳までの就業確保の努力を義務付ける改正高年齢者雇用安定法が今年4月1日より施行されました。この流れを受けて、アサヒグループホールディングスでは、3月29日、傘下のアサヒビールなど3社が、希望者の雇用を定年後最長70歳まで延長すると発表しています。ところが、新浪氏は社会経済を活性化し新たな成長につなげるには、従来型の雇用モデルから脱却した活発な人材流動が必要との考えを示したうえで、政府定年引上げとは相反する45歳定年制導入をアピールしたわけです。
新浪氏の発言が報じられると、SNSなどでは「45歳での転職は普通の人では無理」「単にリストラではないか」といった批判が相次ぎました。翌10日の記者会見で発言の真意を問われた新浪氏は「45歳は節目であり、自分の人生を考え直すことは重要だ。スタートアップ企業に行くなど社会がいろいろなオプションを提供できる仕組みを作るべきだ。『首を切る』ことでは全くない」と弁明し、発言自体はソフトダウンしました。
今回は、新浪氏の「45歳定年制」発言をきっかけにウィズコロナ時代の定年制度を考えてみたいと思います。
日本の定年制度
「定年制」とは、一定の年齢に達した労働者について、雇用契約を終了するという雇用契約上の制度のことをいいます。
国民の寿命が長寿化することで、「働くことが可能な年齢」も上昇しました。これまでは60歳になると、気力・体力の衰えから十分に働くことが困難になってくるため、職を離れ、引退生活に入ったわけです。ところが、現在の60歳は、元気に働ける人の方が多い状況にあります。また、高齢化と合わせて少子化も進行していることからも労働人口の確保のためにも定年の繰り上げが望まれます。そこで、労働の現場においては、「定年」が、徐々に高齢化する傾向にあり、これと共に、「定年後の継続雇用制度」も義務化され、会社は高齢者をできる限り活用し、労働力人口の減少を補おうとしています。
元々日本の雇用慣行では、「長期雇用」を前提としていたことから、「年功序列」によって、年齢が上がり、勤続年数が長くなるほど、給与は高くなっていました。高齢になれば、給与は高額化するわけですが、実際は、高齢化するにつれて、モチベーションは低下し、元気はなくなり、体調は思わしくなくなって働く意欲・能力は低下していきます。つまり、労働とその対価にアンバランスな状態が生じることになるわけです。
そこで、生涯給与が上がり続けることなく、一定の年齢で、雇用を終了するようにしたのが「定年制」です。
日本では、ほとんどの会社で定年制を採用しており、そのうちの多くが、「60歳定年制」を実施していました。従来の年金支給は60歳からでしたから、定年退職後の生活基盤を年金に委ねることが可能でした。ところが、年金支給年齢が徐々に繰り上げられていったことから定年退職と年金による生活へのスムーズな移行ができなくなります。そのため、「60歳定年制」を採用している会社も、さまざまな形で再雇用制を採用しています。
したがって、「60歳定年制」、かつ、60歳以降の再雇用制というのが、一般的な会社の定年制度といえます。
「高年齢者雇用安定法」は、定年年齢に達した労働者を含め、高年齢者の雇用機会の確保と、雇用の安定を目的とした法律です。この法律では、「定年制」について、会社が守るべき最低限の義務が定められています。
高年齢者雇用安定法における「定年制)」ルール
・従業員の定年を定める場合は、その定年年齢は60歳以上とする必要があります。(高年齢者雇用安定法第8条)
・定年年齢を65歳未満に定めている事業主は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、「65歳までの定年の引上げ」「65歳までの継続雇用制度の導入」「定年の廃止」のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を実施する必要があります。(高年齢者雇用安定法第9条)
改正高年齢者雇用安定法が施行(令和3年4月1日)され、これにより、継続雇用の確保が必須の義務となりました。改正雇用安定法以前には、努力義務であったものが、法改正によって、より高年齢者の雇用安定が強化されました。改正高年齢者雇用安定法により、65歳までの継続雇用は、「努力義務」ではなく「義務」となりました。
したがって、労働者としては、65歳までの間は、労働者が希望すればこれまで勤務した会社で雇用され続けることが、期待できることとなりました。
ただし、経過措置として、施行以前に労使協定を締結して、継続雇用の対象者を限定している場合には、施行後も、最大で令和7年3月31日までは、年金支給年齢の引上げにあわせて段階的に、雇用継続の義務化をすればよいことになります。
平均寿命は年々上がっており、就業が可能な年齢も、高年齢化していくことが見込まれ、今後も、定年年齢は引き上げられていくことが考えられます。
今後、公務員の定年年齢は段階的に65歳まで引き上げられていくことが予定されています。現在は、「60歳定年」であり、その後の継続雇用の措置が採られていれば適法ですが、これからは定年年齢の下限自体が引き上げられていくことになります。
( ウィズコロナ時代の定年制とは(2)に続く)
久留米大学法学部 教授 松本 博