前回からの続き

多様化の背景

そこで、現在、働き方が多様化し、従来の働き方が変容を遂げることになった原因はどこにあるのかを考えてみます。

一つには、先進国に共通する少子高齢化とこれに伴う労働力人口の減少を挙げることができます。高度経済成長期においては、人口構成を見ても労働力人口の比率が高く、大量生産を行う体制を維持するうえでも、均一な労働条件で長く働くことが求められました。そしてそのことが時代の趨勢にも合致していたわけです。

ところが、今では、高齢者の比率が急速に高まる一方で、出生率の低下から若年者人口が減少することで労働力人口も下降しています。このような状況下で、経済競争力を維持・向上させ、社会全体の質を維持していくことは甚だ困難です。少ない人口であっても効率的な成果を上げるには、個人レベルの生産性を向上させたり、就業意欲がある層の労働力を有効活用するための方策として女性が働ける環境整備を行ったり、高齢者の再雇用によって現役世代を伸張したりするために現状の社会制度を再構築することが必要になります。

こうした時代のニーズに沿って多様な人材、労働力を確保するために、働き方の多様化が必然的に進んでいくことになりました。

従来の典型的な働き方が内包してきた問題である長時間労働や有給休暇の取得率の低さが、いよいよ看過できなくなってきたことも原因として挙げることができます。

これまでは、企業内での部署異動や転勤にも黙々と従い、長時間労働にも不満を漏らさない正規労働者だけが必要とされ、評価されてきました。しかし、現在の労働者は労働者の権利を堂々と主張します。企業の押し付けに唯々諾々と従う働き手は当然のことながら減少します。加えて、労働者におけるメンタルヘルスの問題もますます深刻化しています。

女性であれば、高い能力や豊富な経験を持っていても、結婚や出産といった重大な人生のイベントのために、そのキャリアに空白期間を作ってしまったり、一時的でも職場を離脱したことがマイナス評価につながり十分な活躍の場を与えられなくなったりすることがあります。それどころか、そのままキャリアからのドロップアウトを強いられることさえありえます。有為な才能や知識・経験を職の現場から遠ざけてしまうことは企業にとっても、労働者にとっても大きな損失です。

少子高齢化が進むことで、介護をしながら働く労働者も男女を問わず増えることになります。これを踏まえて、それぞれがさまざまな事情を抱える労働者が働きやすい環境を整え、従来の企業社会にあった問題点を積極的に改善していく必要があります。この問題に積極的に対処していく姿勢を打ち出さなければ、直ちに企業活動の停滞を招いてしまうのであって、私たちはそうした現実に目を背けることが不可避な状況にあるわけです。

 

ダイバーシティの発想の定着も働き方が多様化した一因として挙げられます。

「ダイバーシティ」(diversity)とは、雇用の機会均等、多様な働き方を指す言葉ですが、当初は、アメリカにおいてマイノリティーや女性の積極的な採用、差別のない処遇を実現するためのアイコンとして生まれました。そして、その概念が広がりを見せた結果、「多様な働き方」を受容する考え方として使われるようになりました。日本においては、アメリカと比べて人種問題、宗教問題は希薄なため、年齢、性別、学歴、ライフスタイル、肉体・精神のハンディキャップ等といった面に注目した多様性として捉えられているようです。

従来の人権としての視点からだけでなく、少子高齢化による労働力人口の減少等に対応した人材確保の視点から「ダイバーシティ」に取り組む企業が増加しつつあります。

社会とは、年齢、性別、人種、学歴、職歴、国籍、ハンディキャップ、思想・信条、家庭環境など、それぞれがさまざまな事情や背景を持った人間の集合体です。異なる背景、個性を持った人々を労働者として積極的に受け入れ、その人の最大限の実力を職場で発揮させるためには、働き方の選択肢も多様化することが求められます。

さまざまな分野でグローバル化が進む状況の下で、今では外国人労働者の数も増加しています。少子化による若年者人口の減少は同時に労働者人口の減少を生みます。外国人労働者の雇用はその対応策の一つでもあります。異なる背景を持つ労働者それぞれの個性を活用することは、現代の企業経営に不可欠です。ダイバーシティの発想を取り入れることは、新たな雇用機会の拡大に伴う人材の確保、市場の拡大、労働者のモチベーション促進といった面でも効果を生みます。このことは企業活動の発展は当然のこととして、社会全体の活況化、発展にも貢献することにもつながります。

 

技術発展による社会変革やライフスタイルの変化も働き方に大きな影響を与えました。

封建的な農耕社会や初期の資本主義の発展段階では、直接肉体を駆使する労働が中心でした。そうした社会では、体力的に優れた者が求められることから、肉体的にも頑健な男性が業務に最適との結論が導かれます。そうなると、女性には男性をサポートするポジションに就いてもらうほうが、生産性の向上にとってプラスに作用します。

しかし、時代を経て新たな産業と市場が生まれると、体力労働偏重から知力を駆使する社会に移行していくことになります。これにより、労働ニーズとしてもデスクワークの比重が高まります。そうした社会では、知的生産性の向上が業務に大きな影響を与えることになり、肉体的優位性が必ずしも仕事の成果に直結しないことになります。体力よりも知力が重視される労働市場の誕生です。このことも働き方の多様化が進む一因となるわけです。そして、インターネットの普及・発達によって、業務が細分化することでより拍車がかかり、それぞれに適した能力、就労の必然性が高まり、性別による役割分担は、経済社会の中ではその意味が薄れることになりました。

 

(仕事に関する契約の多様化(6)に続く)

久留米大学法学部 教授 松本 博