前回からの続き
「45歳定年論」の表と裏
サントリーの新浪氏の「45歳定年論」の理由は大義名分としての話しという点もあります。経営者(雇用者)側の実情は別のところにあると思います。現在の日本の雇用における報酬制度では年を重ねれば報酬が増えることになります。年功序列型の日本の雇用状況を考えればそうなることは当然のことです。そうすると、一番の働き手である20~20代は労働量に対して低賃金で働くことになります。一方で、労働量自体は軽減化される40~50代は若い世代に比べて高額な賃金を得ている現状があります。
経営者とすれば、役職に就き高報酬に見合った責任を負う労働者は別として、一労働者という視点で見れば年齢を重ねているというだけで若年者よりも高額な報酬を受け取るコスト高な「45歳」の従業員を整理して人件費を抑えたいというのが腹の内にあるのかと思われます。「45歳定年論」は、有能であればまだしも、役立たずの高給取りを一気にお払い箱にするには体のいい理由になるというわけです。いくら仕事ができない、コストに見合わないからといっても、労働者の地位は法律によって手厚く保護されているため、解雇するのは困難です。能力不足や勤務態度不良を理由に解雇された場合でも、解雇が不当として無効になる可能性があります。無能な社員はクビにするのか、それとも雇い続けるのかということは経営者としては悩ましいところです。欧米型のドライな契約志向を持ち合わせていない日本の経営者にとっては従業員をクビにするというのは非常に辛いし、大変なことです。そこで、自ら会社を去ることを促す「45歳定年論」が登場することになります。
「45歳定年」の損得勘定
前に述べたように「45歳定年論」は、正確には45歳で定年して悠々自適の余生を送るといったものではありません。雇用者側の真意は別として、労働者としては、社会状況の変化、自分自身のスキルの向上に合わせて次のステージに移行するという性質のものです。結局、早期に退職するか否かは、労働者本人の志向や能力次第ということになります。そこで、早期退職のメリット・デメリットを検討します。
早期退職のメリット
雇用者側にとっては人件費の削減が早期退職を推奨するメリットとして挙げられますが、従業員側には以下のメリットが考えられます。
1.退職金の割増し
早期退職するメリットとしては、定年退職時にもらえる退職金よりも、早期退職のほうが退職金を割増しで受け取れることがあります。もちろん、早期退職に伴う退職金の割増しは企業に義務付けられているわけではありませんが、多くの企業で採用されています。
その企業で定年まで働くことで毎月もらえるはずの給与額に比べると、受け取れる金額の総量は少なくなりますが、セカンドステージで前職よりも収入増が図れたり、より有意義な時間を過ごしたりすることができるのであれば、さしたる問題ではありません。
2.現在の就業先からの転職支援
企業によってはということになりますが、早期退職に際して転職支援を受けられることがあります。雇用者側にとっては人件費の削減という目的達成にも繋がることですから、積極的に転職を支援するメリットはあるし、労働者側としても自分一人で転職活動をするよりも転職が容易になります。
3.失業手当の受給
早期退職してもスムーズに次のステージに移行できるのであれば支障ありません。しかし、そうでない場合には生活の糧が必要になります。できれば退職金には手を付けたくありません。会社都合での退職となる場合には、自己都合で退職するよりも失業保険の給付金を早く長く受け取れます。自己都合による退職の場合には失業保険の受け取りまで数か月待機しなければなりません。ところが、会社都合による退職であれば、この期間が短縮され、給付される期間も長くなります。ただし、選択定年制の場合には、自己都合での退職となります。
早期退職のデメリット
それでは早期に退職することのデメリットはどこにあるのでしょうか。
1.給与収入がなくなる
割増退職金を手に入れるとしても、仕事を辞めればこれまでの給与収入が途絶えてしまいます。もちろん、この場合もセカンドステージへスムーズに移行が決定しているのであれば問題ありません。ただ、そうならなかった場合には、ローンの返済計画や、さまざまな支払い計画も見直す必要があります。次の勤め先に落ち着くまでは新たにローンを組むことが厳しくなります。
2.福利厚生がなくなる
退職すると、社宅に住んでいた人はもう済むことができません。また家賃補助や持ち家補助を受けていた人は、そうした補助がなくなってしまいます。
社会保障についても、これまで雇用先が半額を負担してくれていた厚生年金からも外れることになり、国民年金に加入し直さなければなりません。60歳までの厚生年金の支払いも早期退職によって止まってしまうと、年金の掛け金の合計金額も減ることになり、将来的に受け取る老齢基礎年金の金額も減少します。
(ウィズコロナ時代の定年制とは(4)に続く)
久留米大学法学部 教授 松本 博